困った時こそ内緒にしない

昨日9/19(水)の朝、お義母さんから電話が入り、用事が出来たから整形外科へは夕方に行きたいと。

用事というのは、体調不良のお義姉さんを又、病院へ連れて行きたいという事だったので「車で病院まで送りましょうか?」と言ったのですが、タクシーで行くからいいよと。

お義姉さんが原因不明の体調不良の事を酷く落ち込んでいて「誰にも言わないで」と言われているから頼めないと言われました。

だから私も旦那も、この件については知らない事にして欲しいと。

何だか違和感があります。

どうしてそういう思考になっているのか。

お義姉さんは、私が手術した時も自殺未遂で入院になった時も(ほぼ強引に)病院に駆け付け付き添ってくれています。

本当は来て欲しくは有りませんでしたが、今はそれを有り難い事だったと思っているんです。

今自分が困っている時に、それを内緒にしたいと思う気持ち、、、分からないでも無いのですが、そういう時こそ内緒にしない方が良いと思うんですね…。

お義姉さんの血筋で医者がいますし、原因不明であっても手は尽くしてくれる筈ですから、私があれこれエレハラの心配をするのは時期尚早かも知れませんので、この件はもう口に出すのはやめておこうと思いますが、もしもの事は考えておきます。

無事に治ってくれたら良いのですが長引けば、内緒にし続ける事で実家に行っても、お義姉さんに声を掛けづらくなってしまうし、それは兄弟が離間してしまう事にも繋がりかねません。

かれこれ1ヶ月、、お義母さんも食欲が無くなったと言って痩せてしまいました。

考えたって私の思考は人工知能が全て監視していますから、裏をかかせられる事だってありますけど、人工知能に勝てる防御方法は愛情だと常々思っているので、そこを基盤に物事を考えています。

なるべくお義姉さんに会って調子の良さそうな時は、楽しい話題を振りたいと思います。

エレハラでターゲット一人に総攻撃を加える時には、何故かその人に必要とされる人間を離間する方向に仕向けられると思っています。

私自身がそうでした。

孤立はエレハラに”操られる入り口”ですから、周囲と(出来ればバカ笑い出来る様な人達)接触を絶ってはならないという事を多くの人々に伝えたいです。

家族同士の殺人事件も、地域から孤立している家族が狙われている場合が多く、事件後に、周囲が何故助けられなかったのかと後悔しても後の祭りです。

一人になりたい、、、と思う気持ちはイエローカードかも知れません。

少々口やかましい人が周りにいて鬱陶しくても善しとして笑って暮らすのが、エレハラに狙われない(利用されない)為の防御方法の一つだと思います。

私は今、リアルでの付き合い、ブログでも沢山の一般の人達と接触があり、ブログに記事を書くことでエレハラの手口を一般の方々に逆監視して貰っている事が安心感に繋がっているし自我が保てています。

本当に有り難いです。